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旅の果て 第一回

      2015/07/30   posted by

※この作品では表現上部分的に斜体を使っています。読みづらい方は、ブラウザの文字の大きさの設定で調節して頂ければ大きくなり読みやすくなります。





 恐ろしく暑かった、あの日。大量の汗をかきながら、私は街の中心部へ向けて車を走らせていた。一つ、二つと角を曲がり、大通りに出た、その瞬間、視界の端から大きな物が飛び出してきた。そして、私の記憶はそこで止まっている。あれからどうなったのか、私には分からない。ただ、それが全てのきっかけだったことは理解している。


 目を開くと、そこには細かく木目が走った天井が見えた。最初はぼんやりとそれを見つめていたが、しかし、あんな天井は見たことがなかった。次第に意識ははっきりしてきて、

いつものように疑問が浮かんだ。

 今度は、どこの、誰だろう。

 身体を起こそうとする。しかし何だか身体全体がだるい。無理をして起き上がり、辺りを見回す。布団、障子、畳。典型的な和室だった。外からは蝉の鳴き声が聞こえてくる。どうやら、今回は日本らしい。これまでのことから考えて、私は少しだけ安心した。

 その時、後ろに伸ばした手が、かたん、と何かにぶつかった。目をやると、そこには朱色の盆と、小さな水差しと、薬の包みが置かれていた。

 急に喉の乾きを覚えた私は、たちまち水差しを空にした。ふう、と一息吐くと、音もなく障子が開かれた。薄暗かった部屋の中に光が差し込む。

「具合はどう?」

 優しげなその声に顔を上げると、そこには綿シャツの女性が、私を見下ろしていた。

 知らない女性。私は敢えて応えなかった。彼女は私の傍らに座ると、



眩しそうに目を細めて外を眺めた。

「今日も暑くなりそうね。」

「うん。」

 実際、湿気を帯びた、粘りつくような暑さだった。額や首筋に汗が滲み出しているのを感じ、私は無意識にそれを拭う。それに気づいて、彼女は袂から手拭いを取り出し、私の汗を拭き取ってくれた。それから部屋の隅へと移動し、置いてあった団扇を取ると、また私の脇に座って、緩やかに扇ぎ始める。生ぬるいが、心地よい風が、私の頬を撫でていく。

「もうすぐお昼だけど、どうする?」

 そう言われて、私は急に空腹を感じ、無言で頷いた。彼女はにこりと微笑み、

「暑いから、そうめんにするからね。」

 そう言うと、団扇を置き、水差しが空なのに気が付くと、それを拾い上げて、また静かに部屋を去っていった。私は団扇を拾い上げて、何するわけでもなく、骨の部分を指でなぞった。そしてぼんやりと思い出した。


 あの後、目の前が真っ暗になったが、意識だけはあった。軽い耳鳴りがしばらく続き、やがて暗闇の中に光が見えた。光はやがてぼんやりとした球体になり、私を包み込んだ。球体はちょうど銀河のように、小さな光の集合で、私はその間を滑るように漂う。そのうちの一つ、オレンジ色の光が、私に近づいてきた。しかしそれは次第に大きくなり、実際は私の方が光へと近づいている。不安になった私は抵抗しようとしたが、その甲斐もなく、私は光の中に飲み込まれ、再び辺りは暗闇に包まれた。

 気が付くと、私は横になっていた。相変わらず暗闇であったが、瞼が閉じていることに気付くと、私は恐る恐る目を開いた。そこには灰色の見たことのない天井が広がっていた。驚いた私は身体を起こし、辺りを見回す。そして息を飲んだ。

 狭い部屋。低い天井。あちこちへと伸びた梁。私は木製のベッドに寝ていて、枕元には小さなランプが灯っている。ベッドの横には小さな机があり、本が開かれていた。覗き込んでみると、滑らかな線が延々と記されている。ようやくそれがアルファベットであることに気付いた時、どんどん、と物を叩く音が聞こえた。そちらへと目をやると、そこにはやはり木製の分厚そうなドアがあった。

 私は躊躇しながらも近づき、ドアを開けた。そこには金髪の女性が立っていた。

 だから私は思った。ここはどこだろう、と。

 今日は一緒に市場に行く約束だ、と彼女は言った。知らない言葉なのに、何故からそう理解できた。その事実に私は驚いたが、それを味わう暇もなく、私は彼女に連れられるまま、町へと向かった。そして様々な物を見て、その度に驚いた。


 夜、ようやく落ち着いた私は、これまでのことをまとめてみた。まず、日本ではないことは理解できた。現代ではないことも理解できた。そして私は私ではない誰かであるということも、何とか、理解できた。

 つまり私は、違う国で、違う時代で、違う人になっていたのだ。

 問題は一つだけ。何故こんなことになってしまったのか、ということだ。それが何よりも私を不安にさせた。私はこのまま誰だか分からない、「誰か」になって生きていかなくてはならないのだろうか。私はもう、私には戻れないのだろうか。

 考えても考えても、分かるわけもなかった。一日が過ぎ、三日が過ぎ、六日も過ぎると、私はすっかり諦めてしまっていた。多分このまま、私はここで生きていくのだろう、と。

 しかし一週間目の夜。再び異変が起こった。

 もはやここで生きていくことを覚悟した瞬間、強烈な目眩が私を襲った。立つこともままならず、私はその場に崩れ落ちた。そして目の前が暗くなり、再び光が見えた。そして気が付くと、私はあの時の銀河の中にいた。後ろを見ると、あの時飲み込まれたオレンジ色の光が見える。あの人物から脱出したらしい。何とも言えない安堵が訪れたが、しかしまた不安もあった。この光一つ一つか一人の人間であるのなら、元の私はどの光なのだろう。無数にある光の前で、私は呆然としていたが、再び引力を感じ、それに引かれるまま、私は次の光、緑色の光の中へと飲み込まれていった。


 それからというもの、私は様々な人間になった。国も、時代も、性別も違う、数え切れない人々の、人生の一瞬を体験した。何人か体験して分かったことは、言葉に関しては心配のないこと、一週間前後で別の人へと切り替わること、そしてそれは目眩によって始まり、終わるということである。

 私の主観的な時間では、もうかれこれ三年以上、他人の人生を生きている。しかし未だ私自身の人生に戻ることは出来ていない。果たしていつまでこのような漂流が続くのか。うんざりしながらも、反面、この旅を楽しんでいるのも事実である。


 やがて先程の女性が、盆に器を乗せて持って戻ってきた。彼女はまた私の傍らに座り、私の目の高さまで下りてくると、器の中身は彼女の予告通り、そうめんだった。白い麺が水の中で泳ぎ、砕かれた氷が涼しげな雰囲気を漂わせる。

 私は盆を彼女から受け取ると、夢中になってそうめんを啜りこんだ。冷たい喉越しと、鰹の風味が堪らなく、たちまち器は氷水だけになった。

「食欲があれば大丈夫。でも今日一日は寝てなさいね。」

 彼女はまた微笑んで、私の額に手を当て、ゆっくりと私を横にした。しっとりとしたその手は暖かく、信じられないくらいに柔らかかった。私は思わずその手に触れる。

 次第に瞼が重くなり、彼女が立ち上がる頃には夢うつつになっていた。そして障子が閉じられる瞬間に思った。彼女が多分、姉なのだ、と。


 再び目が覚めると、私はすっかり元気になっていた。彼女が来る前に床を上げ、部屋から出る。縁側から見えた空は真っ青で、今日もうだるような暑さになりそうだった。軽く伸びをすると、腹がなった。結局昨日はそうめんだけしか食べていないのだから、当然である。勝手に何か食べても良かったが、何しろ家の造りが分からない。下手にうろついて怪しまれるのも嫌だったので、私は縁側に腰掛けて、ぼんやりと彼女を待った。

 状況が分かるまで大人しくしたほうが良い。これまでに私が身に着けた教訓だった。

 しばらく待つと、廊下の角から彼女が現れた。彼女は私の姿を見つけると、やはり優しい笑顔で私の横に座った。

「夏の風邪は辛いものでしょう?」

「うん。」

「夕立の後に、ちゃんと身体を拭かないからよ。」

 ここで私は賭けに出た。

「うん、姉さんの言う通りだよ。」

「今度から気を付けるのよ。姉さん心配したんだから。」

 やはり彼女は姉であった。私は少しだけ安心した。

 姉から着替えを渡された。姉と同じ綿シャツに黒のズボンであった。それに着替えてから私は家の中を歩き回り、洗面所を見つけた。すぐに鏡を覗き込む。映し出された私は、予想以上に若かった。11、2歳というところだろうか。坊主頭で頬の赤い、若々しい少年であった。実際の私とは二回りも違う。不意に少年時代のことを思い出した。

 洗面所を後にし、私はようやく自分の部屋を見つけた。三畳ほどの小さな部屋で、質素な勉強机には整然と教科書が並べられている。よく見るとその隙間には少年雑誌が差し込まれており、それが何とも微笑ましかった。机の反対側の壁にはカレンダーが吊るされていた。8月であるが、その年号に私は目を見張る。1956年。戦後復興期だ。

 よく見るとカレンダーには様々な書き込みがあった。登校日、約束事など、机の様子といい、少年の几帳面な性格がうかがわれる。と、8月の最終週の書き込みに目が留まった。


 そして今回は1956年8月の日本、とある少年の人生を体験しているのである。


 8月27日。その日には赤字で印があった。そしてその下にはこう、書かれていた。


『朝子姉さん・誕生日』


 姉の名前は朝子というらしい。それが私には引っかかった。朝子という名前は、何故か私に強烈な印象を与えているのだ。かつて私が私だった頃、朝子という名前には何か特別な想いがあったような気がする。それは一体何だっただろうか‥。

 しばらくの間、私はその場に佇んでいた。


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過去のホームページ時代より寄稿させていただいておりましたが、とある作品を完結させぬままに十数年すっかり忘れ、この度親方の号令により、再び参加と相成りました、todomeと申します。 主に小話を寄稿させておりますが、マンガ、ゲームにつきましても、今後ご紹介させていただこうかと思っております。どうぞお付き合いください。

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