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彼女の場合 第二回

      2015/07/30   posted by

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 白い壁紙に青い文字。そのサイトのデザインはこの上なくシンプルだった。トップには『記憶とは』『忘れるとは』『忘却術とは』と、コンテンツはこの三つだけで、カウンタもBBSもリンクも、何もなかった。

 とりあえず私は最初の『記憶とは』のページへと飛んだ。そこもやはり白地に青のデザインで、テキストと少しの挿絵が入った、ある種無機質なページだった。

 専門的で難しいのだろうな、と、私は半ば興味を失いかけつつもテキストに目を走らせた。しかしその内容は私の予想に反し、とても砕けて、それでいて洗練された、とても理解しやすい文章であった。実際、全体で七画面近くあったというのに、私はものの十数分で読み終えることが出来た。

 その内容によれば、人間の記憶は二つに分けることが出来るという。一つは料理の仕方や自転車の載り方などの、いわばマニュアル的な記憶。もう一つは個人的な、例えば思い出ともいえる、日記のような記憶である。このうち後者の記憶は特に『エピソード記憶』と呼ばれるのだという。

 この記憶は日常の様々な出来事が記録されているが、


これを細かく分けてみると、実は幾つかの概念が繋がって出来たものなのだ。例えば旅行の思い出などは、移動という概念、電車という概念、目的地についての概念など、無数の概念がクモの巣のように絡み合って出来たものなのである。そしてこれら一つ一つの記憶もまた互いにリンクしている。これによって人間は過去、現在、未来という時間を一貫して理解出来る、ということである。


 確かに記憶とは複雑なものだ。私という人間の中に無数の概念がリンクしあっているのだろう。しかしそれが「忘れる」ということとどう繋がるのだろうか?私は誘われるように、『忘れるとは』のページに飛んだ。


 そのページもやはり、長い長い文章と僅かな図だけで構成されていた。しかし今の私は少しも怯まず、テキストに目を走らせた。内容を要約するとこうだ。

 忘れるということは、記憶がなくなるのではなく、思い出せなくなるということらしい。この思い出せなくなるというのは、先の概念間のリンクが細くなった、もしくは切れてしまった状態のことを指すという。

 例えばはさみのある場所を忘れてしまったとする。この場合は「はさみ」と「位置」とのリンクが弱くなってしまったからなのだ。しかし「はさみ」は別の概念ともリンクしているから、その使い道、例えば紙を切る場合は、この「切る」という概念とリンクしていることになる。だからこれから切ろうとしていた紙が目の前に現れれば、「紙」から「位置」へと別ルートでダイレクトにリンクする。これで「はさみ」の場所を思い出せるのである。


 ここまで読んで私は、何となく全体像が掴めてきた。概念間のリンクが切れた状態が「忘れた」であるのなら、仮にこれを能動的に行った場合はどうなるのか?

 私は即座に『忘却術とは』のページへと飛んだ。




 そのページはこれまでとは全く趣きが異なっていた。白地に青というカラーは変わらないが、全体で一画面しかない。テキストの洪水はどこにもなく、画面中央にほんの数行だけ、文字が並んでいた。曰く、




 ここまで読まれたならば、もうお気づきですね?概念間のリンクを切ってしまえばいいのです。やり方はとても簡単です。次の手順で実行してください。

 † 忘れたい事象を頭に浮かべる
 † その事象に関する概念を出来る限り思い浮かべる
 † 思い浮かべた概念を別の概念とリンクさせる

 これだけです。




 手順はたった三つだけ。それも本当に難しいことではなさそうだ。他に情報はないか、私はサイトを隅々まで見て回ったが、これまで私が読んできたテキストがその全てのようだった。しかし、である。


 もし、私がいきなり『忘却術とは』のページから読んでいたなら、こんな簡素な方法を信じたりはしなかっただろう。だが私は『記憶とは』、『忘れるとは』の二つのテキストを読んでいる。この二つには非常に理解しやすく、何よりも強い説得力があった。


 迷いはなかった。私は目を瞑り、あの人のことを思い浮かべた。そこで私は事の重大さに気付いた。次々と襲ってくる、あの激しい感情。頭全体が熱くなり、耳の奥で金属音が響き渡る。実際は簡単な方法ではなかったのだ。私は下唇を噛み締めて、姿、口調、匂い、動作など、あの人の全てを思い浮かべた。

 やがて私の頭の中で、あの人は完全に姿を現した。その映像から私は思い付く限りの概念を取り出すことにした。男という概念、癖毛という概念、痩せるという概念。次にあの人の内面から概念を取り出す。知性という概念、話すという概念、あの人の趣味である野球という概念。

 実際、概念の取り出しはほとんど自動的だった。あの人の映像が勝手に様々な概念を呼び出し、私はそれを意識するだけで良かった。ただ猛烈な感情の波に耐えることだけが、私に課せられた仕事だったと思う。それでも十分に苦痛だった。

 そしてあの人から無数の概念を取り出した。あとはこれを別のものとリンクさせれば良いだけ。私は出来るだけあの人から離れた概念とリンクさせることにした。例えば「男」であれば二枚目の芸能人に、知性であれば学生時代の教授へ、というふうに。

 無数の概念があの人から引き剥がされ、私の中の別の概念へと貼り付けられる。だんだん頭の中がぼんやりとしてきて、自分でも何をしているのか分からなくなってきた。それでも私は作業を止めなかった。剥がしては貼り付ける、その作業をいつまでも繰り返していた。いつまでも、いつまでも、いつまでも‥‥。




 ふと気が付くと、私は今度日本に上陸する外国映画のことを考えていた。漂っていた視線を目の前にやると、そこにはパソコンがあり、何やら文字を映し出している。

「ここまでよまれたならば、もうおきづきですね‥‥。」

 声に出して読んでみた。そこでやっと私は自分が何をやっていたのかを思い出した。

 忘れようとしたのだ。その‥‥。


 何を?

 私は何を忘れようとしていたんだっけ?

 無意識のうちに額に手をあてる。勿論、そんなことをして思い出すはずがないのだが。

 何か、忘れようとしていたはずなんだけど。何か?いや、誰か?どっちだっただろう?


 一つはっきりしていることは、成功したということ。

 それならば、何ももう一度思い出そうとする必要はない。

 私はパソコンの電源を落とし、棚にしまった。少しの間は忘れた「何か」に意識が集中していたけれど、すぐに例の映画のことを考え始めていた。


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過去のホームページ時代より寄稿させていただいておりましたが、とある作品を完結させぬままに十数年すっかり忘れ、この度親方の号令により、再び参加と相成りました、todomeと申します。 主に小話を寄稿させておりますが、マンガ、ゲームにつきましても、今後ご紹介させていただこうかと思っております。どうぞお付き合いください。

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