きになるブログ2

スポーツを中心にIT,ヲタク情報を含め、皆様の役に立つ情報を心掛けて更新していきます。

*

世田谷異聞 第一回

      2015/07/30   posted by

何本目かの煙草に僕は火を点ける。肺の奥まで煙を吸い込むが、喉がちりちりと熱くなるだけで味は分からなかった。煙を吐き出すが、電灯を点けていないのでその形は分からない。ただ煙草の先だけが赤くぼんやりと光っている。じっとその先を見つめると、様々な事が浮かんでくる。それらはどれも僕を暗い気分にさせていく。

 どうして、こうなったのだろうか。

 手に力が篭もり、少しだけ煙草が曲がった。僕はもう一口煙を吸い込み、肺の中で循環させる。そしてもう一度、想う。

 何故、こんな事になっているのか。

 気が付いたのは最近の事だが、


しかし良く考えてみれば、かなり昔からだったような気がする。今はと言えば、誰も僕の事を気に掛けていない。まるで僕の事を忘れてしまったかのように、僕の事など見向きもしない。

 最初は気のせいだろうと考えていた。しかし実際はそんな楽観的なものではなかった。あの日の出来事はまさに決定的だった。




 その日、マヌオが玄関で靴を脱いでいると後ろから足音がした。振り向いてみると、そこにはザサヱの姿はなく、カシオが俯いてこちらに歩いてきていた。

「どうしたのカシオ君。元気がないね。」

 マヌオがそう声を掛けると、カシオは顔を上げ、すぐにため息をついて部屋に戻ろうとする。不審に思ったマヌオは慌てて廊下に上がり、カシオを追いかけた。

「どうしたんだい。また義父さんに叱られたのかい?」

 マヌオ努めて優しい口調と尋ねたが、カシオはそれには応えずに机に向かい、頬杖を突いてしまった。

 まただ、とマヌオは思った。どういう訳か皆がマヌオの干渉を避けようとしているようなのだ。事実ザサヱもハカメも、義母のヌネまでもがマヌオを避けていた。唯一彼と話をしてくれるのは息子のタヲオだけだった。いつもは諦めてしまうマヌオだったが、その日は食い下がった。

「なあカシオ君、僕で良かったら相談に乗るよ。」

 そう言ってカシオの横に立つ。するとカシオはあからさまに迷惑そうな表情を浮かべ、またため息を吐くと、ようやく思い口を開いた。

「父さんにお小遣いの値上げを頼んだんだ。」

「その様子だと、駄目だったんだ。」

 の言葉が気に喰わなかったのか、ちっ、とカシオは舌打ちをする。マヌオは慌てて取り繕う。

「ああ、でももう一度頼んでみたら?僕も一緒に行くよ。」

 するとカシオは急に笑いだした。

「マヌオ義兄さんが?父さんに?冗談はよしてよ。」

「そんなに笑う事、ないじゃないか。」

 抗議の意味で少し語気を荒くすると、カシオは、す、と表情を堅くした。そしてまた舌打ちをすると、

「マヌオ義兄さんに何が出来るの?」

「だから一緒に頼んであげるよ。」

「それで小遣いが上がるなら、とっくにそうしてるさ。」

 カシオは立ち上がり、グローブに手を通す。そして乱暴にバスン、と拳を叩き込み、言った。

「マヌオ義兄さんはいつもそうだよね。出来もしない事をひょいひょいと引き受ける。でもさ、上手く行った事ってあったっけ?」

 マヌオは言葉に詰まった。確かに数えるほどしかない。

「最初は僕も頼りにしてたよ。でもさ、こうも頼り甲斐がないとさ、それも迷惑なんだよね。で、話が大きくなってさ、結局父さんに叱られるのは僕だよ。マヌオ義兄さんを巻き込んだ、とか言われてさ。」

 カシオは更に大きく、グローブを殴り付けた。マヌオはその音にびくっ、と身体を堅くする。それすらも気に障ったのか、カシオはじろりとマヌオを睨み付け、グローブを放り投げた。そして、

「もういいよ。無理に家に取り入ろうとしなくても良いんだよ。」

 と言って、また椅子に座ると元のように頬杖を突いてしまった。

 マヌオはそれでもカシオに声を掛けようとした。すると襖が開き、ハカメが入ってくる。と、一瞬目を見開き、そして右頬を軽く痙攣させる。そして苦々しく

「なんだ。マヌオ義兄さん、居たの。」

 と吐き捨て、ぴしゃりと襖を閉めた。

 僕の居る部屋には入りたくない、という事なのか。

 マヌオの気持ちは沈み、がっくりとうなだれた。そこへ追い打ちのようにカシオが命じた。

「もういいだろ。出てってよ。」

 マヌオはそれに従うしかなかった。




 手元まで灰になった煙草を揉み消すと、僕はすぐに新しい煙草に火を点けた。今度は先刻よりも長く吸い込む。喉と肺が悲鳴を上げる。僕は軽く噎せ、呼吸を整えた。

 と、そこで一人の男の顔が浮かび上がる。家長、並平だった。




「カシオ君ももう五年生ですよ。千円ほど値上げしても良いんじゃないですか?」

 並平は目を瞑ったまま、マヌオの話を聞いている。しかし考え込んでいる様子はない。聞き流しているだけのようだった。それでもマヌオは一縷の望みを託し、必死に説得を続ける。横にはふてくされた様子のカシオが座っている。時折ぶつぶつとした独り言と舌打ちが聞こえる。覚めた空間だった。

 何十回と主張を繰り返した所で、ようやく並平が顔を上げた。マヌオは息を殺して言葉を待つ。しかしその内容は残酷だった。

「カシオ。どれだけマヌオ君に迷惑を掛ければ気が済むんだ?」

 カシオは慌てて顔を上げ、口元まで抗議の言葉を昇らせるが、しかし並平は一瞥しただけでそれを飲み込ませる。

「ただでさえマヌオ君は疲れているんだ。そこへお前は無理を言う。どれだけマヌオ君が迷惑しているのか、お前は分からないのか?」

 するとカシオはそっぽを向き、小さく抗議する。

「僕が頼んだ訳じゃないんだ。」

「この馬鹿者がっ!」

 並平の平手が飛び、直後カシオが真横に吹っ飛んだ。そのまま襖に突っ込み、部屋全体に衝撃が走る。マヌオは慌ててカシオに駆け寄る。

「義父さん。何も殴る事は…!」

 しかし義父はマヌオの言葉など無視した。

「そんな事も分からずに、一人前に金だけは欲しがる。笑わせるんじゃない。お前はしばらくの間、朝飯は抜きだ。」

 そう引導を渡すと、そのまま居間へと去って行った。

 マヌオは呆気に取られていたが、我に返るとカシオを抱き起こした。

「大丈夫かい、カシオ君!?」

 カシオは苦痛に顔を歪めていたが、すぐに身体を起こすと乱暴にマヌオの手を振り払った。

「だから言ったじゃないか!結局父さんには頭が上がらないだろ!もう余計な事はしないでくれよ!」

 そう言ってカシオは部屋を飛び出して行った。




 確かに頭が上がらなかった。しかしそれは並平のやり方があまりにも一方的だったからだった。僕の意見など始めから切り捨ててしまっている。この家は完全に並平に支配されているのだ。そして多分これからもそれは続くだろう。それ自体は別に構わないのだ。

 しかし、それなら僕はどうなるのだ?

 封建的な並平に押し込められ、僕は何も出来ない。それどころか確実に信用を失っていく。このままでは僕は軽蔑され、信頼されず、やがて孤立するだろう。

 いや、現に今、そうなっている。

 そうだ、並平が居る限り、僕は孤立していく。僕が消えていく。そして最後には並平に、異園家に飲み込まれていくのだ。

 黒く、熱い感情が、僕の腸を満たしていく。みるみるうちにその力は指に伝わり、煙草をいびつな形へと変形させていく。

「並平だ…。」

 変形した煙草の先が僕の指先に近づく。

「並平だ…!」

 やがて僕の指先と火種が触れ合い、じゅう、と呻く。不思議と熱さは感じない。煙草は更に小さく握り締められ、火種と共に、僕の掌の中へ収められていく。

「並平が僕を潰しているんだッ…!」

 拳の中から煙が立ち昇り、髪が焦げるような嫌な臭いが辺りを満たす。手を開くと、完全に灰になった煙草と、焼け焦げた皮膚がぼろぼろとこぼれ落ちた。

 それを見ているうちに、何故か僕の口元には笑みが浮かんでいた。


読んで頂いてありがとうございます!

↓↓このブログ独自の「いいね!」を導入しました。少しでもこの記事が気に入って頂けたら押して頂けるとうれしいです。各著者が無駄に喜びます(・∀・)イイ!!
よろしくお願いしますm(__)m

The following two tabs change content below.

todome

過去のホームページ時代より寄稿させていただいておりましたが、とある作品を完結させぬままに十数年すっかり忘れ、この度親方の号令により、再び参加と相成りました、todomeと申します。 主に小話を寄稿させておりますが、マンガ、ゲームにつきましても、今後ご紹介させていただこうかと思っております。どうぞお付き合いください。

 - トドメ氏の小説

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

  関連記事

彼の顛末 第二回

 それは確かにHIVマンだった。どす黒い肌に細く狡賢そうな目、鋭い牙に先の尖った二本の角。何処からみても、それは間違いなくHIVマ…

我は所詮ロボット 第二回

 昼間僕が何をしているのかと言えば、本来の任務である未来を変える為の試行錯誤である。彼が持ち込む厄介事を解決する事でもある程度は変…

彼の顛末 第一回

 僕の名はアソパソマソ。謎の病原菌を町中に撒き散らし、そのまま姿を消した宿敵のHIVマンを僕は追いかけた。そしてついに奴を火口に突…

彼女の場合 第一回

1 これまでに色々な恋愛をしてきたけれど、今回みたいな結末は初めてだった。実際私の身には起こらないだろうと思っていたのだけれど、そ…

旅の果て 最終回

4  朝日が昇る前に、私は洞窟の入口に立っていた。一歩足を踏み入れると昼間と違い、中は真っ暗である。何かに躓き、転びそうになる。慌…

空白の理由 5(完)

4‐A・E  ずっと一緒にいたいと思っていた。  これまでの僕の世界は、 これま …

世田谷異聞 最終回

じんわりとした暑さを感じて目を開けると、そこには少し染みの浮いた白い天井が見えた。いつもの木目のうるさい天井ではない。僕は一瞬混乱…

世田谷異聞 第三回

快活なヌネの声が並平に起きるよう促す。 しかし並平は既に起きていた。実際は眠らなかったのである。しかもそれが既に二週間も続いている…

旅の果て 第二回

2 この場所の様子を調べるため、またこのまま家にいても退屈だったので、私は外に出た。空気は粘りつくようで、容赦なく陽光が降り注いでい…

世田谷異聞 第二回

 改札を出た所で始めて、並平は雪が降っている事に気付いた。試しに息を吐いてみると、面白いように白い煙となって空に舞い上がっていく。…