きになるブログ2

スポーツを中心にIT,ヲタク情報を含め、皆様の役に立つ情報を心掛けて更新していきます。

*

彼の顛末 第三回

      2015/07/30   posted by

 夕暮れが迫っていた。

 ここから見える夕日はいつもの様に美しいのに、赤く染められたこの街は、決して美しくなる事はない。何故ならこの美しい夕日を、この街はそのけばけばしいネオンと、耳を覆うばかりの喧噪で塗りつぶしてしまうからだ。この国最大最悪のスラム、そして煙草の煙と安い酒と、そして下品な白粉の香りがする街。

 それがラグナロクだった。

 この街に来たのは勿論初めてだったが、一歩足を踏み入れた途端、僕は思わず顔をしかめてしまった。予想以上の荒れようで、あちこちに汚物が散乱している。僕はいささか吐き気を覚えた。それは街の住人達もそうだったようで、ベタ子さんの居所を聞き出そうと声を掛けても、


すぐに警戒心丸出しの顔をして、ぷい、とどこかへ消えてしまう。

 では警察に聞けば、と思ったが、そもそもこの街には警察の権力など及んでいる訳がない。それに僕自身が警察に追われる身なのだ。だが皮肉にも、逆にそれが僕にとって都合が良くなる事になった。

 恐らく、午後のニュースで僕の事が報道されたのだろう。掌を返したように街の住人達が変わった。同類だと思ったらしい。なので、すぐに聞きもしない事まで話してくれた。歓楽街が並ぶ表通り、そして裏通りにはその住人達が住むアパートが乱立しているという。

 そして僕はベタ子さんの住む、崩れ掛けたアパートの前に立っていた。しかしそれはアパートと言うには程遠い代物で、窓ガラスはどれも綺麗に割られ、壁には罅が走っていない部分がない。入口らしい所には、辛うじてドアらしいものがぶら下がっている。はっきり言って、人間の住む所ではない。僕は愕然としてしまった。

 僕は恐る恐る中に入り、取りあえず郵便受けを探した。が、よく考えればそんな物はある訳がない。仕方なく、部屋を一つ一つまわる事にした。

 三階建ての建物を全てまわるのは骨が折れたが、幸いな事に殆どの部屋にはドアがなく、ちょいと覗くだけで確認出来た。逆に言えば、人の居る部屋にしかドアがないのだ。

 結局、僕は最上階の奥の部屋までやって来た。残ったのはここだけだ。ボロボロではあるがちゃんとドアもあり、僕はそっとノックした。

 「誰?」

 中から聞こえてきたその声は、掠れてはいるが間違いなくベタ子さんのものであった。

「ベタ子さん!僕です、アソパソマソです!」

 カタリ、と何かが倒れる音がした。そして恐ろしい程の沈黙が流れた。

「ベタ子さん!ベタ子さん!」

 不安になった僕は何回も何回もドアを叩いた。

 と、ギギッ、ときしんだ音を立てて、ドアがほんの少しだけ開き、隙間から女性の顔が見えた。僕は息を飲んだ。

 ベタ子さんは、すっかり年頃の女性の顔になっていた。三年前に見た時は、まだまだ幼さが残る少女の顔であったが、今目の前にある顔は、すっと尖った顎といい、真っ直ぐに筋の通った鼻といい、そして吸い込まれそうに美しく円らな瞳といい、魅力的な女性に成長していた。

 しかし僕が驚いたのはそんな事ではない。確かにベタ子さんは美しく成長したが、その目には光がなく、どんよりと曇っている。それに肌もよく見れば艶がなく、どこか疲れきった表情をしていたのだ。

 ベタ子さんは僕をじっと見つめていた。まるで客を値踏みするような、まさに娼婦の目だった。

「何しに来たの。」

 感情の含まれていない、冷たい声だった。僕はすっかり悲しくなりながらも、

「迎えに来ました。」と答えた。

 するとベタ子さんの瞳はゆっくりと大きくなった。しかしそれは喜びではなく、意外な展開、といった感じであった。

「…上がって。」

 ベタ子さんはやっとドアを開き、僕を迎えてくれた。

 部屋の中は乱雑に散らかっていた。

 部屋の隅にはボロボロのベット。シーツもくすんでいて、あまり取り替えていないらしい。反対側の隅には小さな化粧台があり、やはり乱雑に粗悪な化粧品が並べられている。部屋の中央には腰程の高さの丸テーブルがあり、黒や紫の下着がうず高く積み上げられている。その脇には汚らしいスツールがあり、玄関の脇には小さな冷蔵庫、その上には古めかしいラジオが置かれていて、驚いた事に家具はそれで全部だった。

 ベタ子さんはベットに腰掛け、僕にはスツールを勧めた。二人同時に腰掛け、ベタ子さんは気だるそうに髪を掻き上げる。そして思い付いたように窓際に立ち、そこにある灰皿と煙草を取った。そして火を点け、口を開いた。

「それで、何しに来たの。」

「だからベタ子さんを迎えに来たんです。」

 と、ベタ子さんは煙と共に鼻で笑った。

「何がおかしいんです?」

「だって、」

 と、また煙草を一吸い。そしてすっ、と表情を変えた。

「だって、どこに帰るっていうの?」

「それは、パン工場に決まってるでしょう?」

「私が知らないとでも思ってた訳?」

 ベタ子さんは忌々しそうに煙草を揉み消した。そして刺すような視線で僕を睨み付けた。

「あんた、ヅャムおじさんを殺したんだってね?」

 ぐっ、と僕は息が詰まった。それに構わず、ベタ子さんは冷たい口調のまま続ける。

「パン工場は今頃大騒ぎなんでしょ?そこに私を連れていってどうするつもり?」

「いや、違うんだ。僕は…。」

「あんたが無罪だって、私に証言でもさせるの?」

「待ってくれ。ベタ子さん、僕は…。」

「聞きたくないわ!」

 ベタ子さんは叫んで、足を踏み鳴らした。

「何よ、今頃何よ!あんたは私から何もかも奪うつもりなの!?冗談じゃないわよ!」

「違うんだ。あれはヅャムおじさんが…。」

「信じてたのに…。」

 そしてベタ子さんは泣き崩れた。

「最初は、私も少しの辛抱だって思ってた。だからどんな男に抱かれても我慢できた。でもそれも半年だけよ。待っても待っても誰も来ない。あんたが迎えに来るってずっと信じてた。でも来なかった。そうしたら、何?あんたがおじさんを殺したって言うじゃない!私は帰る場所も失ったのよ!?今更…、今更何よ!」

「だから、だから殺したんだ!」

 僕は我慢できなくなって叫んだ。しかしベタ子さんは冷たい目で僕を睨み付けた。

「それが理由になると思ってるの?」

「え…?」

 ベタ子さんは睨み付けたまま、僕の側に来た。

「悪い事をした人を罰する。確かにそれがあんたの使命でしょう。あんたは正義の味方なんだからね。」

 侮蔑の表情を浮かべて、ベタ子さんは言った。

「でも、でもそれがいつも正しい訳じゃないって事が、どうして分からないの?馬鹿みたいに悪人を裁いても駄目な時があるのが、どうしてあんたには分からないの?」

「でも、悪い人には、それ相応の罰を…。」

「だからおじさんを殺したって訳?おじさんは死ななければならない様な事をした訳?確かに私もおじさんを恨んだ。お金の為とは分かっていたけど、実際にここに来て、それが甘かった事を痛い程知ったわ。でも、でもおじさんは私の家族なのよ!?親に死なれて一人ぼっちだった私を引き取ってくれた、たった一人の家族なの!あんたはおじさんに手を掛ける時にそんな事を少しでも考えた?」

 あの時、僕は何も考えていなかった。ただ本能のままにおじさんを殴り、蹴り、身体を引き裂いた。でも、それはおじさんが悪いのだ。僕は弁解する。

「でも、おじさんはもうすっかりアル中だった。ベタ子さんを買い戻そう、なんて事を考えていなかった。」

「そんな事を言ってるんじゃないのよ!」

 ベタ子さんは灰皿を掴み、僕に投げつけた。僕はそれを避ける事すら出来ず、灰皿は頭に当たる。少し痛かった。多分、顔が少し凹んでしまっただろう。

 ベタ子さんは次々と辺りにある物を僕に投げつけた。僕は何一つ避ける事が出来ない。何故か身体が言う事を聞かない。僕の顔はどんどん凹んでいく。そしてベタ子さんはベットに突っ伏した。やがて啜り泣きが聞こえ、かすれた声で訴えた。

「どうしようもない、仕方のない悪い事もあるの…!やりたくないけど、悪事に手を染める事があるの…!あんたにはそれが分かってない。あんたは正義面して、人の心を踏みにじった。それは悪い事じゃないの?ヅャムおじさんを殺したのも、それは悪い事じゃないの?」

 ベタ子さんはすっ、とベットから顔を上げた。泣き腫らした目が赤く、しかし視線はどこまでも冷たい。僕は何も答える事が出来ない。そしてベタ子さんは静かに問うた。

「ねえ、それなら誰があんたを裁くの?」

 と、その時だった。表の通りからざわめき声が聞こえた。ベタ子さんは窓際に向かい、そこから下を見下ろす。

「タレコミだわ。アソパソマソ、警察よ。」

 僕は思わず身を堅くした。そうだ、この街はそういう街だ。警察はいないが、金の為なら平気で寝返る。そういう連中の住処なのだ。

 みるみるうちに通りには人だかりが出来ていく。振り向くと、ベタ子さんはキッチンでコップに水を汲んでいる。二日酔いなのだろうか、と考えていると、彼女はくるりと振り向き、僕の手前一メートルの所で止まった。そしてふっ、と俯いて黙り込んでしまった。

「ベタ子さん、一緒に行こう。」

 僕はベタ子さんの手を取ろうと手を伸ばす。しかしベタ子さんは代わりにコップを差し出した。驚いて顔を見ると、先刻までとは違い、柔らかい、優しい表情になっていた。

「貴方とは行けないわ、アソパソマソ。」

「どうして…?」

 ベタ子さんはそこで、悲しそうに微笑んだ。そこには諦めが漂い、ただ黄昏だけが支配している。

「だって、私にはもう帰る所がない。パン工場にはもう帰れないの。それに、他の街に行っても、ここに居た、ここで働いていた事なんてすぐに分かる。仕事も、友達も、住む所さえ与えられないでしょう。」

「そんな事ない!僕が何とかします!」

 ベタ子さんは、また悲しそうに首を振った。

「私には分かるの。ここはそういう街なのよ。」

 僕は愕然とした。確かにそれが現実だからだ。

「私はもうここから出られない。それに私自身、出たくないの。こんな街でも、住んでみれば好きになる。今は身体で稼いでいるけど、お金が貯まったらレストランでも始めるわ。勿論、ヅャムおじさん譲りのあのパンが自慢の、この街一番のレストランにするの。素敵でしょ?」

 僕は悲しくて仕方がなかった。ベタ子さんは、あの時のままの優しい人だった。僕はやっと、本来のベタ子さんに逢う事が出来たのだ。

「遠くの、遠くの国に行けばいいよ。そこでレストランを始めればいいよ!こんな街に居る事はない!」

 しかしそんな僕の言葉をベタ子さんは耳を貸さない。夢を見ているかのように、宙に視線を遊ばせている。譫言のように、ベタ子さんは続けた。

「だから、お金がいるの。沢山沢山いるの……。ねえ、アソパソマソ。きっと貴方には賞金が掛かってるわよね?」

 僕は耳を疑った。ベタ子さんは何を言っているのだ?

 と、そこで彼女の持つコップに目が止まった。

「今、私が貴方にこの水を掛けたら、貴方はきっと力が抜けて、私一人でも貴方を捕まえる事が出来る。」

 そしてベタ子さんは一歩足を踏み出した。僕は思わず後ずさる。

「待ってよ、ベタ子さん。冗談でしょう…?」

 出来るだけ明るく返したつもりだったが、声は明らかに震えていた。そしてベタ子さんは、その少女の微笑みのまま、言った。

「ここは、そういう街なのよ。」

 僕の恐怖は頂点に達した。慌ててベタ子さんを突き飛ばし、ドアから外に飛び出した。そして割れた窓枠に足を掛け、一気に飛ぼうとした。と、そこで背後に気配を感じた。振り向くと、そこにはベタ子さんが僕を見つめていた。僕は彼女の顔を見て、息を飲んだ。

 ベタ子さんは、泣いていた。それは切なそうな泣き顔で、涙が後から後から彼女の頬を伝っていく。

 僕は何か言おうとしたが、その前に彼女が口を開いた。

「さようなら、アソパソマソ。」

 そしてベタ子さんは静かに微笑んだ。

 僕はその声に押される様に、窓から飛び出した。

 みるみるアパートが小さくなる。僕が飛び出した窓からは、警官やラグナロクの住人達が顔を出し、口々に何か叫んでいる。しかしその中にはベタ子さんの姿はなかった。僕は堪らなく悲しくなり、更に上昇した。

 長い影が街を縞模様に変えていく。やがてラグナロク全体が小さくなり、やがて夕闇に消え、見えなくなった。


読んで頂いてありがとうございます!

↓↓このブログ独自の「いいね!」を導入しました。少しでもこの記事が気に入って頂けたら押して頂けるとうれしいです。各著者が無駄に喜びます(・∀・)イイ!!
よろしくお願いしますm(__)m

The following two tabs change content below.

todome

過去のホームページ時代より寄稿させていただいておりましたが、とある作品を完結させぬままに十数年すっかり忘れ、この度親方の号令により、再び参加と相成りました、todomeと申します。 主に小話を寄稿させておりますが、マンガ、ゲームにつきましても、今後ご紹介させていただこうかと思っております。どうぞお付き合いください。

 - トドメ氏の小説

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

  関連記事

世田谷異聞 最終回

じんわりとした暑さを感じて目を開けると、そこには少し染みの浮いた白い天井が見えた。いつもの木目のうるさい天井ではない。僕は一瞬混乱…

彼女の場合 最終回

4 FAQ。よくある質問。ネットだけではなく、様々な分野で使われる略語だ。しかし今回問題なのはそんなことではなく、以前はなかったこ…

世田谷異聞 第一回

何本目かの煙草に僕は火を点ける。肺の奥まで煙を吸い込むが、喉がちりちりと熱くなるだけで味は分からなかった。煙を吐き出すが、電灯を点…

旅の果て 第三回

3 夕飯は大好きな煮魚だったが、味わう間もなくそれを掻き込み、私は早々に自分の部屋に戻った。部屋の中央に腰を下ろし、無意識のうちに口…

我は所詮ロボット 最終回

 走査を終了し、僕は今一度辺りを見回した。一面の屑鉄が少しずつ侵食され褐色の大地を形成している。恐らくここは廃棄物処理場か何かだろ…

彼の顛末 第二回

 それは確かにHIVマンだった。どす黒い肌に細く狡賢そうな目、鋭い牙に先の尖った二本の角。何処からみても、それは間違いなくHIVマ…

空白の理由 2

2‐E 「何だか、切ない…。」 そう言葉を発する事がやっとだった。今の私の心はそ …

我は所詮ロボット 第二回

 昼間僕が何をしているのかと言えば、本来の任務である未来を変える為の試行錯誤である。彼が持ち込む厄介事を解決する事でもある程度は変…

空白の理由 5(完)

4‐A・E  ずっと一緒にいたいと思っていた。  これまでの僕の世界は、 これま …

彼女の場合 第三回

3 何かが変わった、というより、私には何が変わったのかが分からない。だから心が軽くなったとか、快適な生活になったとか、そういった感…