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とよ田みのる 「FLIP-FLAP」

      2016/07/14   posted by

 私は暇さえあれば某書籍通販サイトを覗いています。その理由は好きな作家さんの新作情報を入手するためなのですが、多くは「なんか面白そうな本がないかしら」と特に目的もなくアクセスするのです。それはどこかリアルな本屋さんをうろつく感じにも似ています。

 リアル本屋の本棚の間を彷徨う時は、やはり表紙や帯の文句に惹かれます。贔屓の作家さんの意外な新作に出会うこともあります。とはいえ、膨大な本の中からなんのアテもなく、自分好みの本を発掘するのは奇跡に近いことです。しかしそれがリアル本屋の醍醐味でもあり、意外な出会いを楽しめる時間でもあります。

 しかし、言うまでもなくリアル本屋と通販サイトをうろつくのとでは違います。一番の違いは私の閲覧履歴からオススメを提示してくれる点です。以前もお話ししましたが、この某書籍通販サイトには「この商品を買った人はこんな商品も買っています」満面の笑みに揉み手でオススメしてくれるのです。

 それはそれは目を惹く作品がこれでもかと押し寄せます。その数は結構なもので、いやあ、パーソナライゼーションってスゴイですね。「どうせアンタ、こういうのも大好物でしょ?」と、まるで場末のキャバレーでトップを張る熟年のホステスに心の奥まで覗きこまれたような感じですが(行ったことはない)、しかし実際思わぬ大当たりを掴んじゃうこともあるので嬉しい悲鳴です。以前ご紹介した「木曜日のフルット」もそんな感じで見つけた作品でしたし、その勢いで同じく石黒正数氏の「それでも町は廻っている」まで買ってしまいました(アニメ化されていることは全く知らなかった)。完全に大企業に良いようにやられている私ですが、今回ご紹介する作品「FLIP-FLAP」もそんな流れで見つけた本です。愛してるぜ、Amazon!

 

 舞台は現代。主人公の深町くんはごくフツーの高校生で、ごくフツーに卒業式を迎えてしまいました。あまりにもフツーな人生にウンザリした深町くんは変化をもたらすため、一念発起して片思いしていた山田さんに思い切って告白します。ダメ元の告白だったのに、意外にも返事はOK。しかしそれには条件がありました。

 深町くんは山田さんに連れられ、とあるゲームセンターに向かいます。そこで1台のゲームマシンと出会います。それは「TWILIGHT PLACE」という名のピンボールマシン。山田さんは「このゲームのハイスコアを越えることが出来たら付き合っても良い」というのです。しかしそのハイスコアは「UFO」という人が叩き出した、31億2367万320点という、とてつもないスコアでした…。

 早速深町くんはそのピンボールマシンをプレイします。そして山田さんのピンボールに掛ける情熱を知るのですが、しかし深町くんは「たかがゲームで何故そんなに本気になるのか?」と不思議に思うのです。それでも山田さんと付き合いたいという、いわば下心全開の深町くんは、毎日のようにピンボールに取り組みます。少しずつ上達していく深町くんではありましたが、しかし先の疑問、「何故ゲームで本気になるのか?」は消えることがありませんでした。

 そんなある日、深町くんは山田さんに尋ねます。「あのハイスコアは山田さんにとって何なのか?」と。山田さんは「意味などない」と事もなく返します。そしてその意味のない行為に傾けられた、膨大な努力と情熱に心が震えるのだ、と応えるのでした。

 ここで深町くんは山田さんがこのハイスコアラー、UFO氏に恋をしていることに気が付きます。そしてハイスコアを越えることよりも、ピンボールに本気で取り組まない限り、絶対に山田さんが振り向いてくれないことも。深町くんは意を決してコインを投入します。そう、深町くんはこの時初めて「本気でピンボールをプレイ」するのです。そして深町くんはプレイを通して、己の中に眠っていた情熱に気付き、心の震えを感じるのでした。

 

 …ということで、この作品は世にも珍しいピンボールラブコメディなのであります。拙作「いにしえゲーム回顧録」でもピンボールを取り上げた身としては、もう、一も二もなく、作者がどんな人でどんな作品を書いた人かも知らずに入手しました。だってピンボールを取り上げたってだけで、もう面白いに決まっています(ゲーム脳だから)

 

 さて、作中では実は相当に激しいピンボールのプレイ模様が当たり前のことながら描かれていますし、深町くんと山田さんのまるで進展しない恋愛模様も当然描かれています。しかしこの作品の本当のテーマは「本気になること」、いや、誤解を恐れずに言えば「何かに狂う」ことなのです。

 もちろん、この「狂う」とは一般的な意味である「正気を失う」ことではありません。自分とその対象以外が全く見えなくなることを指します。スポーツの世界では、精神力がとてつもなく高いレベルまで達した時、人は周囲が全く目に入らなくなり、代わりにとてつもないパフォーマンスが可能になると言います。この現象、あるいは状態は「ZONE」などと言われています。作中で山田さんはUFO氏の見ている世界について想像し、「プレイに没頭して、集中力が極限まで高まった時、どんな世界を見ているのだろう」と語ります。これこそつまり「ZONE」であると言えるでしょう。

 

 さてこのZONE、いわゆるトップアスリートにしか経験出来ない世界なのでしょうか?一番の問題はその域まで精神力を高めることが出来るかどうかでしょうが、それは「どれだけ本気になれるか」ということでもあります。

 どれだけ本気になれるか、というのは、実は「どれだけ対象を愛しているか」ということに掛かっています。当然のことながら、それほど好きでもないことに本気になれる人間などいません。しかし好きであるけれども、本気になりきれない場合が多々あります。何故でしょう?

 

 それは「守り」が原因であると思います。人間はとかく何かを守りたがる存在です。それはお金であったり、人望であったり、地位であったり、あるいは他者からの評価であったりします。もちろんこれらを守ることは大切です。しかしここで守っているのは「自己像」であると言えます。

 つまり「好きであるけれど、本気になりきれない」というのは、「自分が抱く自己像を守る」ということだと言えます。カッコいい自分、クールな自分、スマートでクレバーな自分であり続けたいと望むのです。しかし、こと「狂う」ためには、この「自己像を守る」という姿勢は邪魔である場合が多いように思えます。

 何故ならこの場合の「守る」ということは、言い換えれば単なる「現状維持」だからです。これまで通りの自分、自己像を維持し、そしてそれがいつまでも続いていく。安全ではありますが、しかし変化もありません。そして変化のない世界では、状況に応じて精神力を高める必要もありません。したがって、変化を嫌って現在の自己像を守っている限り、その人は決してZONEに足を踏み入れることはないと思われます。

 

 しかし変化のない存在などあるわけがなく、むしろ変化の拒む存在は変化を拒むが故に、逆に歪な存在となってしまうでしょう。維持を望むあまり、行動を歪め、思考を歪め、本来あるべき自己をも歪めてしまうでしょう。マンネリ化したゲームシリーズ、同じようなバトルが続くマンガ、どこかで見たような展開のテレビドラマ、使い古されたモチーフを繰り返す小説など、皆さんも何かしらの形で「変化しないが故の歪さ」を見たことがあると思います。

 つまり深町くんの「フツー」は、現状維持によるフツーだったわけで、それは深町くんが抱く自己像をすっかり凝り固まったものにしてしまいました。自分が「何者でもない者」であると思い込んでしまったのです。

 しかし山田さんに告白したことで変化が起こり、それはピンボールとの出会いを生み、UFO氏に対抗するために本気でプレイすることに繋がり、そして心が震えました。それはいわばZONEの入口だったのかもしれません。そしてその震えを感じることで、実は「自分の人生にすら本気ではなかった」ことに気が付くのです。つまり深町くんはここで初めて自己の歪みに気が付いたと言えるでしょう。

 

 結局、重要なのはZONEを経験することではなく、ZONEに至るまでの道程にある、と言えると思います。ですから私達はZONEを体験することは出来ないかもしれないけれど、ZONEへ近付くための情熱は何よりも大切なのです。そしてその情熱はもはや「本気」という言葉では不十分なのです。ですから「狂う」なのです。

 

 そして深町くんはピンボールに「狂います」。最初は山田さんと付き合うための「手段」だったはずなのに、次第に深町くんはピンボールをプレイすること自体が「目的」となっていきます。しかしその変化が、つまり深町くんの狂いっぷりが、逆に山田さんの心を動かし始めるのです。

 ここで重要なのは、深町くんがピンボールに狂ったのは、山田さんに片思いしていたから、つまり「山田さんに狂っていたから」である点です。つまり、何か一つに狂えば、人はそれを足掛かりに、あらゆるものに狂うことが可能になるのです。それは自分の世界を、視野を、視点を広げることに他ならず、無限の世界が広がっていくのです。

 

 

 …と、毎度おなじみの小難しいご託を並べましたが、作中で描かれるスピーディーなピンボールシーンとのどかな深町くんと山田さんのやり取りとの落差が絶妙で、思わず物語に引き込まれてしまいます。少々クセのある絵柄ではありますが、それが逆にピンボールに掛ける情熱をストレートに表現出来ていると思います。ピンボールをプレイしたことのある方や、興味のある方なら間違いなく楽しめると思います。

 なお、作中に登場するピンボールマシンは全て実在するので(「TWILIGHT PLACE」は「TWILIGHT ZONE」という台ですが)、興味のある方は動画サイトなどでスーパープレイを見られますから、それを参考に深町くんのプレイを追うのも楽しいかもしれません。

 さて本作品は2008年6月に出版されましたが、品切重版未定とのことで、よ~ぉく探せば本屋さんで見つけることが出来ますが、入手困難となっています。が、現在はKindle版が出ていますので、そちらの方が入手が容易です。こちらで試し読みも出来ますので、アツいピンボールの世界の一端をご堪能ください。

 

 さぁ、深町くんの想いは通じるのでしょうか?例のハイスコアを抜くことが出来るのか?それは本編を読んで確かめてくださいね。最後は山田さんの一言で締めていただきましょう。

 

「本気でやってる人間は、それだけで人を魅(ひ)きつけるんです!!」

 

 …皆さんは今、何に狂っていますか?



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todome

過去のホームページ時代より寄稿させていただいておりましたが、とある作品を完結させぬままに十数年すっかり忘れ、この度親方の号令により、再び参加と相成りました、todomeと申します。 主に小話を寄稿させておりますが、マンガ、ゲームにつきましても、今後ご紹介させていただこうかと思っております。どうぞお付き合いください。

 - 本・コミック, トドメ氏

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